言葉に忠実なサトウ氏は不要になった自転車を分解することにした。
「自転車を分解、自転車を分解・・・」
呪文のようにひとりごちながら分解に取り掛かった。
まず前輪と後輪を取り外した。
次にサドルを取り外そうとしたが、サトウ氏は手を止めた。
先ほどまで自転車だと規定していたものは、もう目の前になかったからだ。
両輪を失った、なんと呼べば良いかわからない鉄屑の前で、
サトウ氏はしばらく立ち尽くした。あわわわわ。
困ったらスタート地点に帰ればいい。
気を取り直して両輪を元に戻した。
「自転車を分解、自転車を分解・・・」
目の前にある言葉通りの自転車に安心し、また分解に取り掛かった。
今回はまずサドルを取り外した。
「自転車を分解、自転車を分解・・・」
うむ、自転車だ。まだ自転車だ。
次にハンドルを取り外した。
「自転車を分解、自転車を・・・」
なんなんだこれは、とサトウ氏は思った。
両輪を持つカラクリ式の鉄の棒じゃないか。
私は自転車を分解していたのだ。
とりあえずサドルとハンドルを元に戻し、自転車を完成させた。
月明かりに照らされる自転車を眺めながら、サトウ氏はふと思った。
月は満月でも半月でも三日月でも月なのに、
自転車はなぜ、どこかが欠けると自転車ではなくなるのだろう。
どこまでが自転車で、どこからが自転車ではなくなるのだろう。
いつまでも分解できない自転車の前でサトウ氏は、
いつまでも途方に暮れていた。
0 件のコメント:
コメントを投稿