2011/06/29

隅田川日誌(仮)





















色:みどり
水:ふつう
波:無
天気:晴れ
ひとこと:川よりも、空のちがいを見てほしい。

逃げる妻、追う馬鹿

不幸はドアをノックしない。気が付くともう部屋の中にいる。

ある不幸は壁に染み付き、ある不幸はクローゼットの中を臭気のように漂っている。

そのことに気が付くのが少しばかり遅すぎた。

ある日、何の前触れもなしに幸福が玄関のドアをノックしたが、

僕はまた不幸がやって来たんだなと思って居留守を使った。

ノックされた瞬間、テレビを消し、気配を消すのには慣れている。NHKのおかげだ。

留守を確認すると幸福はドアの前から静かに立ち去る。まあこんな感じだ。

そういうわけで僕は幸福の後ろ姿も見たことがない。

そして不幸は部屋の中にどんどん充満していき、飽和状態となり、具現化し、

見間違えようのない形で僕の前に突きつけられることになる。いつもそうだ。

あるいはそれは不幸のふりをしたある種の幸福だったのかもしれないが、

今でもそれはよくわからない。とりあえず判断留保。

猿でも使えるような擬人法で、ものすごく抽象的にこれまでの僕の過去を語ってみたが、

これからは僕の現在、現在に近いところの追跡劇を語る。

語りはじめるなら今日の朝からだろう。

朝。こんばんわとこんにちわの間。

詩人が何度も書き、画家が何度も描いた、使い古され、使いまわされた朝。

「死んできます。」とポストイットに書き残し、妻はいつもいるはずの台所にいなかった。

冷蔵庫にマグネットで留められたインスタントな遺書。

寝ぼけた僕の頭でもよく理解できた。妻は出て行ったのだ。

「死んできます。」という言葉の違和感。死んだら帰って来れないだろう。

でも僕はそのインスタントな遺書に慣れていた。つまり妻のそういう行為に、だ。

なぜなら、妻がこのようにして出て行くのはもう3回目だったから。

1回目と2回目は、経理の優子と総務のちえちゃんのせいだ。つまり僕の浮気のせいだ。

今回はおそらく社内コンサルタントのミッシェルのせいだろう。

残念ながらまたもや僕の浮気のせいだ。

自分が蒔いた不幸の種は、収穫しなくたって自動的に僕の元に届く。

僕の浮気は夏みたいに定期的にやってくるものだし、

妻の家出も冬みたいに定期的にやってくるものだった。

浮気にはじまりについてはすべて優子とちえちゃんとミッシェルのせいだ

と大声で言いたいところだが、100パーセント紛れもなく僕が悪いのだ。

とあえて言っておけば、決して悪い噂は広まらないだろう。

紳士は粗相をしでかしてもダメージは最小限に抑えるものだ。

先程、慣れていたと書いたが、それでも「死んできます。」の文章、妻独特の筆圧、文字の形は、

前回と前々回と同じくらい僕の心を確かに揺さぶった。やわらかい部分に突き刺さった。

どのコピーライターのどんなキャッチコピーよりもだ。

好きな人の言葉はすべてキャッチコピーである(と誰かが言っていた)し、

僕のいちばん好きな人は、やっぱり妻だったからだ。

僕はさっそく出かける準備をした。

ナイフ、ランプを詰め込むことができるほど大きな鞄はないが、

ある程度の装備は前回の妻の家出の時に揃えてあった。

妻が死に場所に選びそうな場所は見当がついている。

前回も前々回もそこにいて、うずくまって泣いていた。可哀想な妻。

黙って出て行かなかった妻。ちゃんと書き置きを残した妻。僕を待っているのだろう。

だから今回も前回と前々回と同じように僕が妻を救うのだ。

僕がドアを開き、僕が見るべき幸福の後ろ姿。

そして僕が抱き締めなければならない幸福の後ろ姿。

それはあの場所で肩を震わせ泣いているであろう妻の背中だ。

(つづく予定)

2011/06/28

隅田川っす(仮)





















色:みどりキラキラ
水:ふつう
波:ゆったりと
天気:晴れ
ひとこと:川がどうのこうのというより暑い。

2011/06/27

2011/06/26

トポリーノ

まばたきをしないので、その愛らしい瞳は乾燥し石化している

ひとつの表情しか持たないので、怒っていても泣いていても常にポーカーフェイス

特徴的な大きな耳は子どもたちの、あるいは子どもだった人たちの歓声を聞くためにある

声帯があるのかどうか不明だが、やわらかな声はどこか遠くから少し遅れて聞こえる

真っ白な手袋は触れるものを傷つけないためだろうか

1928年11月18日、日曜日のニューヨークにひっそりと生まれ

人々を楽しませることを生業としている彼は孤児だ

けれどたくさんの仲間がいるので、老いも哀しみも感じさせることはない

無垢な少年でも彼の内在する別人格をふと感じることがあるというが

誰だって別人格のひとつやふたつ持っているものだろう

彼は何人もいるという人がいるが

それは愛すべき対象があまりにも多いからだ

そんな彼の棲む国は、2001年に領土を拡大したらしい

より一層の活躍を祈るばかりだが、その国に僕はまだ行ったことがない

2011/06/25

泣きながら笑った彼女を見て、

僕は、笑いながら泣いた。

という一文からはじまる小説。

2011/06/23

予感

なにかがはじまる時のメールの楽しさは異様。

と後輩と盛り上がる。

咳の山

先週木曜日にタイ料理を食べて以来、咳がとまらない。

因果関係は、ない。

隣の昼ごはん

キーマカレー(ドイツ居酒屋ピラミッド・築地)

☆☆☆☆(☆4つで満点)

八分目の蝉

食べるのを腹八分目でやめることができるようになったら、

つぎはお酒も八分目の酔いかたでやめられるようになりたい。

2011/06/22

行為

いつからか言い訳を考えることがとてもうまくなってしまった。

私たちが好きだったこと 

食べるのが好き。

飲むのが好き。

コピー書くのが好き。

でも今はダイエット中だし、課題もない。

だから家に帰ったら、布団に入って目を閉じるんだ。

生物多様性

宇宙人がいるならば、

宇宙犬や宇宙猫的なものがいてもおかしくないと思うが、

ペットを連れた宇宙人を見たという話は聞いたことがない。

星に、置いてけぼりなのか。

理由なき反抗

焼肉を食べたあとや、お酒を飲みすぎたあとの痔はわかる。

しかし、なんでもない日の痔はなんだ。

なんでもない日おめでとうなのか。

後輩風を吹かす

中途入社してきた美人社員が

大学の先輩だったことがわかり、

そんなことからあれやこれやと話しかけてみる。

俺のことではない。

2011/06/21

真夜中、冷蔵庫の前での話の終わり

那覇空港。

アナウンスの声。電子音。行き交う人々の革靴が変則的に床と触れ合う。

それらが空気を震わせ、僕の鼓膜を震わせる。

喧騒に身をゆだね、ロビーの椅子に腰掛けていると

僕も何らかの音を出し、すべてのノイズの仲間になりたい気分になった。

でもいい大人はそんなこと思ってもしない。よい子も真似しちゃダメだ。

そんなことをすると警備員のお世話になるし、ほんとうに聞くべきものを聞き逃してしまう。

だから30分沖縄のカカシ屋をじっと待ち、ロビーを見渡せるカフェに移りコーヒーを注文し、

ガムシロップの容器を指で弾いてあっちにやったり、こっちにやったり、

時々視線をロビーにやったりしながらさらに30分待った。それでもカカシ屋は現れなかった。

軍人が軍人らしさを身に纏うように、カカシ屋もカカシ屋らしさを身に纏っているので

姿を見せれば、あ、こいつがカカシ屋だ、と僕にはわかるはずだった。

スイカとメロンを見分けるくらい簡単なことなのだ。

ところでカカシ屋には僕がわかるのだろうか。

僕が僕らしさを身に纏っていても、他人のそれと見分けがつくのだろうか。

会ったこともないのに。おそらく無理だろう。

ということは、僕がカカシ屋を見つけなければならなかったのだ。

でも気が付くのが遅すぎたし待ちすぎた。到着から1時間経っている。

もう帰っちゃったんじゃないか。カカシ屋は暇じゃない、あの少年も言っていた。

勘定を払い、ロビーを彷徨ってみたが、カカシ屋らしき人物は見つからない。

諦めて僕はタクシーを捕まえ、ホテル・レモネードに向かった。

ホテル・レモネード。

沖縄の気候にはピッタリだけど、沖縄のホテルの名前にするのはどうなのだろう。

支配人がレイモンド・カーヴァーの愛読者なのだろうか、じゃあ村上春樹ファンか、

でもカーヴァーの詩のタイトルはレモンサイダーじゃなかったか、いやレモンパイか蜂蜜レモンか

やっぱりレモネードだろうと考えていたらホテルに着いた。

フロントで名前を告げるとカードキーを渡され、すんなりと305号室に入ることができた。

305号室。

部屋の面積の大半はシングルベットに占領され、申し訳なさそうにその他家具が置いてあった。

僕はベットに倒れこみ、ベット横の引き出しにあった聖書をパラパラとめくりながら

なぜこんなところまで来てしまったんだろうと思った。僕は一体何をしているんだ。

そうだ報酬だ。相応の報酬。それを受け取りに来たのだ。どこだ、どこにある。

そう思ったのを見計らったかのように胸ポケットの携帯電話が悲鳴をあげる。

「サトウさん、もうホテルに着きました?」カカシ屋の少年だ。

「ああ、沖縄のカカシ屋には会えなかったけれど。」

「そうですか、まあ彼がいなくても報酬の受け取りは可能です。

それで報酬なのですが、ちょっと鏡の前に立ってもらえますか。」

身体を起こし、鏡の前までのそのそ歩く。

「立ちました?はい、それが報酬です」それらしきものを僕には見つけられない。

「何のことだかさっぱりわからないよ。」

「サトウさん、非常に申し上げにくいのですが、心して聞いてください。

あなたの町は崩壊しました。あなたが那覇空港に着いたころ、

こちらでは大きな地震があり、あなたの町は津波で一瞬のうちに流されてしまったのです。

我々カカシ屋は地震を食い止めようと懸命に努力しました。

砂浜に設置した200体のカカシだってその一環です。カカシには祈りを込めることができます。

事前に地震を予測していた我々はあなたに協力してもらうことにしました。」

「な・・・なんで、なんで僕なんだ。」搾り出すようにしてようやく言葉を発することができた。

「抽選ですよ、サトウさん。無作為です。良くも悪くもあなたの運です。

選ばれたということは、あなたでなければならない何かがあったのでしょう。神の意思です。

いくらカカシ屋でも神の意思は変更はできません。誰でもよかったのですが、抽選の結果、

あなたでなければならなくなったということです。祈りが届いて地震を食い止めることができれば、

あなたには小切手を渡すつもりでした。金額は自由に決めることができます。

でも残念ながら祈りは届かなかった。もちろん小切手はお渡しできません。

あなたに渡すために準備していた金額はすべて義援金に充てられます。

その代わりあなたはお金よりも価値の高いものを損なわずに済みました。あなたの命です。

生きていれば・・・」

というところで僕は電話を切った。涙が頬を伝い絨毯に染みをつくっていた。

この長い長い夢はあまりにも性質が悪い。地震?津波?町が崩壊?

命の喪失についてそんなに簡単に簡潔にさらりと言ってしまっていいのか?冗談じゃない。

聖書に書かれてある「神」という字を「悪魔」に書き換えたっていい気がした。

「はじめに悪魔は天と地を創造された・・・云々」

でもそんなことをしても変わるのはこの聖書だけだ。もうこの世界ごと終わらせよう。

怒りに近い感情の矛先を自分に向ける。

ここにいる自分が情けなく、救いようのないバカだと思える。愚か者だ。

僕は僕の夢を力ずくでも醒ます。そろそろノンフィクションの世界に戻るのだ。

最後の手段を使うためにホテルのエレベーターに乗り、最上階のボタンを押した。

落ちれば、醒めない夢も醒める。きっとこんな悪夢でさえも。

(完)

存在の軽さ

後輩の卒業論文がおもしろかった。

思わせぶり女子ができるまで。

2011/06/18

真夜中、冷蔵庫の前での話のつづき

夜の海は霊安室のように、ひんやりとしていて静かだった。

砂浜には200体のカカシが山積みにされ、それらとカカシ屋の少年と僕を

パンケーキみたいにまんまるい月が見ていた。いや、見てなんかいない。

ただ月の機能として平等に照らしていただけだ。

「始めましょうか、サトウさん。」と海を眺めながら少年は言った。

不本意ながらも僕は、せっせせっせと設置した。まとまったお金が必要だったのだ。

なぜならば僕の家は、家と呼ぶよりは小屋と呼んだほうが正しい代物だったし、

引き出しの中には、別れた妻から送られてくる養育費の請求書がもう何枚もたまっていた。

そろそろすべてを投げ出して、どこか遠くの新しい町で、新しい生活を始めるつもりだった。

「相応の報酬」と聞いたとき、これだと思った。この町からの逃走費用に充てるのだ。

少年の指示通りに、カカシを1m間隔で横一列に設置した。

言われたことを言われた通りにやるのは、僕の得意とするところだった。

「カカシを砂に突き刺す→帽子を剥ぎ取り、頭を木槌で何度も打つ→また帽子を被せてやる」

これを200回、ひたすら黙って繰り返した。深く打ち込むのだ。

1体設置するたびに、少年はカカシの前に立ち、目を閉じて何かぶつぶつ言っていた。

200体目を砂浜にめり込ませたとき、僕は力尽き、仰向けに倒れた。太陽が邪魔だった。

もう「へのへのもへじ」なんかうんざりだ、2度と見たくないと思った。

「おつかれさまです、サトウさん。助かりました、そしてあなたも助かったのです。」

少年は顔に笑顔を貼り付け、僕の顔を覗き込んだ。どうやら僕は助かったらしい。

それから2時間後、僕は飛行機の中でまどろんでいた。眠ることはできなかった。

報酬は沖縄のホテル・レモネードの305号室に用意してある。

現地のカカシ屋があなたをそこまで案内するので那覇空港のロビーで待つようにとのことだった。

昨日の深夜から、今日の昼間に至るまで、いくつの指示を受けてきただろう。

僕の意思なんてものは、とりかえしのつかないほど遠いところに行ってしまったような気もしたが、

そんなもの最初からないような気もした。まあ、どっちでもいい。

わからないことばかりだったが、ひとつだけわかっていたことがある。

僕はもう2度と、小屋みたいなあの家で、真夜中、冷蔵庫の前に立つことはないということだ。

それがうれしいことであるか、かなしいことであるかは、やはりわからなかった。

出来事に感情が追いつくのは、もっとずっと後のことだ。

(つづく)

2011/06/17

隣の昼ごはん

きんめ煮付け定食 (米花・築地市場内)

☆☆☆☆(☆4つで満点)

2011/06/16

ものもらい

余る人がいれば。足りない人がいて。

笑う人がいれば。泣く人がいて。

優しい人がいれば。厳しい人がいて。

好きな人がいれば。嫌いな人がいて。

世の中ギャップだらけだ。

だからひとりじゃつまらないのかな。

2011/06/14

真夜中、冷蔵庫の前で

夜中に僕は冷蔵庫の前でカカシ屋の少年に出会った。

のどの渇きで目を覚まし、牛乳を飲むために台所に足を踏み入れた時だった。

冷蔵庫の扉は開かれ、うすぼんやりとした光の中に少年は立っていた。

明かりをともすと、少年はまぶしそうな顔をした。

「こんな遅くにすみません、カカシ屋です、牛乳をどうぞ。」

コップを差し出しながら少年は言った。

どうぞってそれは僕の牛乳だろうと思いながら、コップを受け取らず、

いつもそうしているように親指と人差し指で、開いている目をさらに開こうとした。

そうすれば、醒めない夢も醒める。

「今日はサトウさんにどうしてもお願いしたいことがあってやってきました。」

まぶたグイグイ。・・・醒めない。

「この町の西側に海岸がありますよね。そこの砂浜にカカシを設置したいのです、200体ほど。」

まぶたグイグイグイ。・・・醒めない醒めない。

「ちょっと、聞いてますか、設置を手伝ってほしいのですが。」

確かにこの方法でも醒めない夢はいくつかあり、その多くは悪夢と呼んでいい夢だった。

僕は諦めて思っていることを口にした。

「全然意味がわからないよ。君は誰なんだ。なんだって僕の家の台所の冷蔵庫の前という

とても個人的な場所に君みたいな少年がいて訳のわからないお願いをされないといけないんだ。

カカシを200体、砂浜にだって?そもそも誰が何のためにカカシを200体も買ったんだ。

大人をからかうもんじゃない。はやくお家に帰りなさい。

・・・ごめんちょっと言い過ぎたかもしれない。こんな夢を見る僕が悪いんだ。」

夢の中でこんなにしゃべったのは初めてだった。

僕がしゃべっている間、少年はずっと時計の秒針を目で追っていた。

「時間がないので、早口で説明します。よく聞いてください。

僕はカカシ屋です。カカシを売って暮らしています。僕がボスからの指令を受け、

この町に到着したのは午前0時でした。そしてあなたのお家に着いたのが午前1時。

当然あなたは眠っているだろうと思い、鍵を壊して侵入させていただきました。

それで少し安心して牛乳でも飲もうと冷蔵庫を開けたときあなたが起きてきました。

僕だってのどくらい渇きます。」

少年はまた時計をじーっと見て、それから僕の眉間の辺りを見た。

「いいですか、サトウさん。これは紛れもない現実です。からかっているわけではありません。

大人をからかうほどカカシ屋は暇じゃない。先ほどお願いと言いましたが、これは命令なんです。

誰が購入したかは僕にもわかりません。僕はカカシ屋の歯車のひとつに過ぎないんです。

これがどんな仕組みで、何のためにそんなことをするのか、ボスだって知らないかもしれない。

でもあなたは砂浜に200体のカカシを設置しなければなりません。

そうしないとあなたの命が危ない。理不尽だとは思います。でもそれは仕方のないことです。

もし仮にあなたが拒否するならば、カカシ屋グループは徹底的にあなたを叩きのめすでしょう。

身体的にも、社会的にも。叩きのめした実績だっていくつかあります。

もちろん相応の報酬も用意していますし、あなたでなければならない仕事なんです。

さあ、とりあえず牛乳をどうぞ。」

僕はコップを受け取り、ぬるくなった牛乳を飲みながら、頭の中を整理していた。

こんな要求をされたら、伊勢丹の受付嬢だって笑顔をひきつらせるに決まってる。

整理なんてできるはずがなかった。頭を抱え、考え込むふりをした。

そのとき小指で開いている目を開こうとまぶたグイグイをやってみたが、

目の前のカカシ屋と名乗る少年は消えてくれなかった。

「さあ行きましょう、カカシ達は砂浜であなたに設置されるのを待っています。」

少年の青い目は、悲しいほどまっすぐに僕を見ていた。

(つづく)

2011/06/12

ほのか

No pain No gain

というTシャツを着ていて、

天使にそのパインとかガインってなに?

とか聞かれてみたい。

2011/06/10

架空の記憶

シュレッダーはどきどきする。

とりかえしのつかないことをしている気がして。

それは、

携帯のメモリからあの人の連絡先を消す行為に似ている。

2011/06/09

石灰で白線を引く係

僕はどこかの公園の鉄棒にぶら下がりながら、

ジャングルジムで遊ぶ赤白帽子を被った子どもの集団を眺めている。

眺めている僕ももちろん子どもだ。

するとその集団の1人がなにかを叫びながら(たぶん僕の名前だ)

こちらに向かって走ってくる。足元でその子が笑っている。

そこでその場面はぷつりと途切れる。

前後はなく、断片的で、何の役にも立たない。

なぜ覚えているのかもわからないが、たぐり寄せることができるいちばん古い記憶がこれだ。

その場面には独特の匂いがあり、味があり、手の痛みがあり、温度がある。

でもそこにあるはずの決定的な何かが抜け落ちているような気もする。

それは当時見た夢の映像なのかもしれないし、本で読んだ物語かもしれないし、

誰かから聞いた話を自分の記憶として保存しているのかもしれない。

今となってはもうよくわからない。

長い時間を経ると、現実のできごとも、架空のできごとも

その境界線はくたびれて、ぼやけて、ないに等しくなってしまう。

ちょうど校庭に引かれた白線のように、時間という子どもたちが無意識に

ときには意識的に踏み消してしまうのだ。

そのまま放っておくと架空のできごとが、

現実のできごとのふりをして居座るなんてこともあるかもしれない。

でも一度消されてしまった線を同じところに引きなおすのは難しいし、骨の折れる作業だ。

そんなことは野球部に任せておけばいいし、僕はやりたくない。

この記憶を忘れ、年を積み重ねていき、もっと記憶力が不確かになったとき、

僕が思い出せるいちばん古い記憶はどんなものになるのだろう。

今のうちに良質な文章や映像を頭の中に入れておけば、

ああ僕の人生、悪くなかったなとすこしは勘違いできる記憶になるだろうか。

そういう勘違いなら大歓迎なのだけれど。

【今日のコピー改】

戦場で思い出したら、本気の愛だと思う。

2011/06/07

【今日のコピー】

「試着室で思い出したら、本気の恋だと思う。(ルミネ)」

多くの女の子の共感を得ている(であろう)コピーで、僕も好きだ。

しかし過剰な自意識により試着室に入ったことのない僕は、

だれかを思い出そうにも思い出せない。

「ご試着されますか?」は「まさか似合うとでも思っているのか?」に聞こえてしまう。

では、僕はどこで思い出せば良いのだろう。ベットか。

「ベットで思い出したら・・・」だとコピーが台無しだ。全然素敵じゃない。

せめて本気の恋か、本気じゃない恋か見分けることはできないだろうか。

いちばん簡単なのは、女の子が丸坊主になった姿を想像してみるという方法だ。

デート当日、丸坊主でハチ公前にやってきた彼女を昨日と同じように好きでいられるか。

日頃ボブボブ言っている僕が、それでも好きでいられたら、

本気の恋ということになるのではなかろうか。

いや、ちょっと待て。本気じゃない恋ってなんだ。

僕は本気じゃない恋なんて上級テクニックを使う技量がそもそもない。

だからおそらく全部本気の恋だ。そういうことにしておこう。

そして恋がああだこうだ言う前に、素直に試着室に入ろう。

そうすればタルンタルンのシャツや寸足らずのズボンを買う心配もなくだろうし、

かわいい店員さんと仲良くなれるかもしれないじゃないかという話はまたの機会に。

まぼろし

財布を出すそぶりも見せなければ。


お礼ということを忘れてしまうような。


そんな幻みたいな女の子はたまにいる。

2011/06/05

となりのメトロ

最終電車がダシャンダシャンとやってきて

かけこみ乗車はおやめください、かけこみ乗車はおやめくださいの叫びをかいくぐり

酔いどれて手を繋いでかけこみ乗車するようなカップルは

その繋いだ手のところでドアに挟まれドアに挟まれドアに挟まれ

そして繋がれた手は引き裂かれ、男だけ乗り遅れポツンと取り残される

ドア越しに見つめあうふたり、無情にも発車する電車

それを車内から見ていた僕は、車掌に親指を立て、グッジョブサイン

彼女の肩にそっと触れ、まあこんなこともあるさと慰める

そのようにして出会った彼女が今の嫁です、ほらかわいらしいでしょう

と紹介できますように自慢できますようにスピーチできますように

などと妄想しながら祈っていると、いや呪っていると、

僕は電車とホームの間の広くあいたスペースにビュワンと吸いこまれ

一生をそのスペースで惨めに過ごすことになるであろう

「人を呪わば穴二つ」ってそういうことだ

演歌

チバテレビでたまたま見た「カラオケトライアル」という番組。

素人が出てきて歌をうたって審査されるやつ。

そこに出てくる素人のおっさんたちが、歌うまえに司会のはなわにいろいろいじられるんだけど、

緊張してますって感じでほとんどしゃべらない。

下を向いてボソボソと恥ずかしそうに話すんです。


ところが、いざカラオケがはじまるとみんな生き生きと歌うんですよ。

もうプロみたいに演歌を熱唱するのです。
さっきとは比べ物にならない大きな声で。


それが楽しい。
好きなものがあるってのはいいね。

脱力のすすめ

バッターボックスに立ったら、肩の力を抜きます。

そして、ボールが来たら全力で振ります。

ボールが来る前に力を入れていても、ボールに力は伝わらないのです。

力を抜いていたほうが、的確にとらえることができます。

これは、いろいろなところでいえることだと思います。

ボーダー

その人のために徹夜ができるか
そう見てみると
シンプルに見えてくる

2011/06/04

しこり

「その刺青はほんとうに後悔してないの」言えなかった初対面

2011/06/01

幸せは手の中の温かい銃

隣にいる夫の寝息を聞きながら、暗闇に目を慣らしていた。

時計の針が午前2時を指し、女はベットからするりと降りた。

夫の安らかな寝顔を眺める。

女はクローゼットまで静かに歩き、自分の下着入れを探った。

奥のほうから回転式拳銃エンフィールドNo.2と弾丸の小箱を取り出した。

名探偵ホームズのワトソンも使っていた扱いやすい銃だ。

小箱を開き、エンフィールドの弾倉に開けられた6つの空白の1つを弾丸で埋めた。

そして、左手で弾倉をカラカラと何度も回転させながら夫の枕元まで歩いた。

銃口を夫に向け、撃鉄を起こす。

呼吸が乱れることも手が震えることもなく、汗ひとつかかなかった。

ここまでの作業はスムーズに運ばれ、あとは目を閉じて神に祈るだけだった。

淡い月の光が、女のほっそりとした横顔を照らし出す。

息を吐きながら、人差し指に力を入れた。

しばらくしてから女は目を開いた。

望んでいた音は響かず、撃鉄は空白を叩いただけだった。

冷たいままのエンフィールドから弾丸を抜き、下着入れの中に眠らせた。

女は眠ることができなかった。

翌朝、夫はトーストをかじりながら浮かない顔をしていた。

「どうかしたの?」

「いや、俺が見るたびに山羊座が12位な気がしてさぁ・・・」

「大丈夫よ、あなた、今日もツイてるから。」

結婚してから1096日が経過していた。

おもいつき一行

大事なシーン君は隣でポップコーン