目の前で山田優子が白い車に跳ね飛ばされたとき、僕は言葉を失った。
その日僕らは夕方の公園にいて、2人でボール蹴りをしていた。
僕が蹴ったボールは、当たり前のように山田の頭上を越え、
当たり前のように公園を飛び出して、当たり前のように道路に着地した。
そして当たり前のようにボールを拾いに行った山田は、
当たり前のように道路に飛び出して、当たり前のように白い車に跳ね飛ばされた。
回転する山田。後方かかえ込み2回宙返り3回ひねり。
難易度Gの技を繰り出しながら山田は電柱に激突し、
ボールと同じように道路に着地した。
白い車は一瞬沈黙したが、当たり前のようにその場から走り去った。
すべてがスローモーションに見えた。音のない世界。
山田が死んだ。山田が死んだ。山田が死んだ。
よくありがちな事故で山田が死んだ。
その言葉を脳内で反芻しながら、叫ぶこともできずに、
僕は山田のもとへと駆け寄り、キスをした。ファーストキスだった。
TVドラマから集めた情報を総動員した結果、
キスをすれば、山田がごふっと言いながら水を吐き、息を吹き返すと思っていた。
山田は水を吐かなかったし、息も吹き返さなかった。溺れたわけではないからだ。
ひどく混乱していた僕は、次に心臓マッサージを開始した。
これもTVドラマから集めた情報を総動員した結果だ。
山田の体は既に象形文字のようにぐにゃりと曲がっていたが、
心臓マッサージさえすれば、もと通りになると思っていた。
しかし山田は曲がったままだった。僕は山田の前ではじめて泣いた。
するとTVドラマみたいに山田がうっすらと目を開けた。
「山田、しっかりしろ!山田、水を吐け!もと通りになれ!」と僕は叫んでいた。
山田は口をパクパクさせていた。耳を近づけなければ聞こえないほどの声だ。
「み、みんなには、内緒ね。」山田はそう言って、目を閉じ、死んだ。
TVドラマみたいに、頭をがくんとやって死んだから、
これは確実に死んだんだなと思うと、また泣けてきた。
みんなには内緒な?僕がやるべきことは、救急車を呼ぶでもなく、
山田の母親を呼びに行くでもなく、白い車を追いかけるでもなく、
みんなに内緒にしておくことなのか?どうなんだ山田。
山田は答えない。山田は死んでしまったのだ。
山田の最期の言葉を、僕は守ることにした。
山田が死んでしまったことを、みんなには内緒にしておくこと。
僕は山田を、山田の死体を背負った。軽かった。悲しいほどに軽すぎた。
背中に山田の胸のふくらみを感じながら、僕は静かに歩き始めた。
(つづく予定)
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