2011/12/01

山田は常に死んでいる

目の前で山田優子が白い車に跳ね飛ばされたとき、僕は言葉を失った。

その日僕らは夕方の公園にいて、2人でボール蹴りをしていた。

僕が蹴ったボールは、当たり前のように山田の頭上を越え、

当たり前のように公園を飛び出して、当たり前のように道路に着地した。

そして当たり前のようにボールを拾いに行った山田は、

当たり前のように道路に飛び出して、当たり前のように白い車に跳ね飛ばされた。

回転する山田。後方かかえ込み2回宙返り3回ひねり。

難易度Gの技を繰り出しながら山田は電柱に激突し、

ボールと同じように道路に着地した。

白い車は一瞬沈黙したが、当たり前のようにその場から走り去った。

すべてがスローモーションに見えた。音のない世界。

山田が死んだ。山田が死んだ。山田が死んだ。

よくありがちな事故で山田が死んだ。

その言葉を脳内で反芻しながら、叫ぶこともできずに、

僕は山田のもとへと駆け寄り、キスをした。ファーストキスだった。

TVドラマから集めた情報を総動員した結果、

キスをすれば、山田がごふっと言いながら水を吐き、息を吹き返すと思っていた。

山田は水を吐かなかったし、息も吹き返さなかった。溺れたわけではないからだ。

ひどく混乱していた僕は、次に心臓マッサージを開始した。

これもTVドラマから集めた情報を総動員した結果だ。

山田の体は既に象形文字のようにぐにゃりと曲がっていたが、

心臓マッサージさえすれば、もと通りになると思っていた。

しかし山田は曲がったままだった。僕は山田の前ではじめて泣いた。

するとTVドラマみたいに山田がうっすらと目を開けた。

「山田、しっかりしろ!山田、水を吐け!もと通りになれ!」と僕は叫んでいた。

山田は口をパクパクさせていた。耳を近づけなければ聞こえないほどの声だ。

「み、みんなには、内緒ね。」山田はそう言って、目を閉じ、死んだ。

TVドラマみたいに、頭をがくんとやって死んだから、

これは確実に死んだんだなと思うと、また泣けてきた。

みんなには内緒な?僕がやるべきことは、救急車を呼ぶでもなく、

山田の母親を呼びに行くでもなく、白い車を追いかけるでもなく、

みんなに内緒にしておくことなのか?どうなんだ山田。

山田は答えない。山田は死んでしまったのだ。

山田の最期の言葉を、僕は守ることにした。

山田が死んでしまったことを、みんなには内緒にしておくこと。

僕は山田を、山田の死体を背負った。軽かった。悲しいほどに軽すぎた。

背中に山田の胸のふくらみを感じながら、僕は静かに歩き始めた。

(つづく予定)

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